(第三十一話) 激流の向こう側に(上)

早春の根尾西谷川本流は雪代も遅くまで残り 谷によっては雪渓に閉ざされたままの姿であり 手さえ出せない
乱立する人工物がさほど目立たなかった頃には 激流の徒渉によるしか対岸に移る術が無かった 何時目指す
谷へ入る事が可能なのか 見極めが大事と成って来る。
一応国道とは成って居るのだが 狭く穴だらけの渓添いの路は 静まり返った大河原集落(昭和三十年代の出水
氾濫により無人化)へと辿り付くまで 路肩やのり面が度々崩れては行く手を阻む 鉈やスコップが必需品となる
切り開き前進するアプローチと成った。
集落内の駐車スペースへと降り立ったのは既に空も明るく 吐く息は白い春とは名ばかりの体感温度に 薄着の
私は思わず身震いをする  この辺りが大河原と呼ばれる所以 目測300bばかりも有ろうかと云う だだっ広い
川原その一番向こう際山寄りを根尾川は流れ下り ”ゴーッ!”と足元から揺すり起すような咆哮で 地響きを伴い
迫って来る  この冷気にも木々は 確実に春を感じ取って居るのか 莟は膨らみ 新緑は山塊を明るく包み出し
始めている。
階段状と成った 良く使い馴れた踏み後を降りる
何と此方側の際にも 本筋から分かれた細流が
サラサラ流れ下って居る  ”おっこんな処を??
やはり水量は多いんだな!”  最後の一歩と
この川らしい 透明度の高い水際に跳下りた瞬間
”バシャン!” 突然足元から水面を割る影??
私も驚いたが奴はもっと驚いたらしく 何と向いの
砂地へ飛び出し バタンバタンとのたうってるでは
ないか! ”あはっ お前も随分慌て者よのぉ”
竿も出さず 思い掛けない良型アマゴが授かって
しまった  もぅ可笑しくて頭を掻きながらゴロタ石
上を跳びながら ついに根尾の激流と対面する
”ゴォォ〜ォッ” 怖くなる程の水圧が左から右に
駆け下る流れを前に ”本当に行くのか” 釣友の
表情は言って居る・・。
まずは本流で釣り始める様促し 流れに沿い下り
徒渉点確保に入る

何処までもこの荒瀬が続く事で 魚の多くは瀬の
岸寄り 僅かな緩衝帯に身を寄せ その大半が
強い流れに備えてか 小石を噛み不要と成れば
吐き出し 調整しているのか? 更なる増水に
荒れ狂い出すと 各支流枝谷へと逃れ差し込む
魚が多くなり そんな日などは 集中的に狙いを
小谷入り口に搾り攻めてみると 思い掛けない
至福の釣り果を得る事となった

荒々しい流れが続く本流は 流されたら最後
もぅ止まらないかもしれない 腰丈を超える深さの
立ち込みは この水温 体温低下を招き 次の
一歩が覚束無く成る事も 懸念された 流れの
押しが強めなのが不安だが 淵から駆け上がる
開き浅めの場所に決めた・・・・・・・。
背丈程に 立ち木を切り分け枝を払うと 其れを
頼りに 第一歩を踏み出した

1979年の大河原上部 駐車場所は直ぐ植林され
現在樹径20〜30aの 鬱蒼と暗い林と成って居る

2004年渇水期の根尾西谷川 上画像奥に望める辺り
立ち込む前の想像より 流れの速度は実際可也のもので あっと云う間に足元の砂を運び去る もぅ股下徒渉でも
身体を浮かされ兼ねない 少々深さは有るが 沈み石泡立つ辺りへと避難 緊張感から解放される。
同じルートを辿る釣友も 摺足牛歩で続くも 細身の彼は流れに押され浮き悪戦苦闘している いょいょ表情が
強張り出したのを見て 思わず迎えに出てしまう   なんとか無事徒渉を終えたが 冷水にどっぷり浸かった身体は
痺れるような体温低下に 震えが止まらずカチカチ歯も鳴る しかし渡渉を終えた安堵感が勝り 直ぐに笑みが洩れた
さて今シーズン 誰も竿を出せなかった落ち合いから攻め入る事に 何と期待に膨らむ瞬間か アマゴの多くはもぅ
待ちきれ無いと云った反応で応えて来る 久しく攻められる事の無かった渓魚は なんと幼稚なシグナルで命を伝え
来るのだろうか ちょっとばかり後ろめたい様な 贅沢な感情が頭を擡げ出した

酔いどれ渓師の一日 (第三十二話)激流の向こう側に(下)へと続く

                                                           oozeki